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地方鉄道の知恵<第3回・後編>(起稿班研究第三号・その6)

前半に引き続き、和歌山電鐵について考察していく。

前半はこちら↓

 

nrcofficial.hatenablog.jp

 

4.猫と鉄道

 

 和歌山電鐵と言えば何が思いつくか、と人に尋ねたならば「たま」だと答える人がほとんどだろう(そもそも和歌山電を御存知でないかもしれないが)。そうなるまで「たま」和歌山電鐵のシンボルとなり、そして「たま」のおかげで今の和歌山電鐵がある、と言っても差支えないだろう。それほどに「たま」和歌山電鐵を支えている。

 

 そもそも「たま」貴志駅の売店の飼い猫であり、和歌山電鐵とは全く関係がなかった。「たま」の小屋が撤去を求められたのは和歌山電鐵への移行時のであったが、それは小嶋氏が地元自治体に土地等の管理を委託したことが遠因にはなっていると言えなくはない。しかしこれはかなり強引な理屈であり、「たま」はたまたま和歌山電鐵に転がり込んだと考えてよいだろう。「たま」は偶然転がっていた貴志川線復活の鍵なのであった。

 

 小嶋氏は貴志駅「たま」を初めて見たとき、「たま」の眼光に見とれながらも様々な思案が頭のなかで渦巻いたという。「経費削減のために終点を無人駅にするのは寂しかった」ということや「訳なく動物を駅で飼うのはいかがなものか」といった心配が頭をよぎり、そして「たま」を駅長にする、という妙案を閃いた。小嶋氏は閃いてすぐに、そばにいた専務に「たま」の制帽を作らせた。「たま」が被るのはおもちゃとして売っているような単なる「帽子」ではなく、実際のものを猫の大きさに縮小したような「制帽」だったのである。ここに事の本質はあるのではないか。

 

 「たま」は駅長としての報酬をキャットフードという形でもらって働いているし、現在では和歌山電鐵の代表者、名誉永久駅長として公式HPに名を並べている。これは「たま」を人間と同じように扱われていたことを示している。「たま」をペットとして飼い、そして集客のために貴志駅駅長に任命しただけでない。集客効果を上げ和歌山電鐵和歌山県を活性化させたことを理由に課長クラスの「スーパー駅長」に就任している。また「たま」のために造られたものには理由が必ず存在している。第3項で述べた貴志駅の駅長室が設けられたのは任務中「たま」が休むためではあるが、その建設費は「たま」自身が出演したDVD映画のギャラから捻出したという。猫を駅で飼う、それ自体は何も難しいことではないし、駅長という役職を与えるのもそう困難なこととは思えない。しかしそれだけではファンはつかないだろうし、集客効果が表れない。実際一部のローカル私鉄で同じような動物を駅で飼いそれをアピールに売り出しているところがあるがあまり有名にはなっていない。ひとえに気合い、すなわちそのペットを流行らせ、人気にさせるぞという執着、信念が足りないのだろう。

 

 昔、イギリスでは貨物列車に穀物を積み込むヤードで猫を飼っていた。散らばるネズミの駆除のためである。あるとき経費削減のために猫を「解雇」したところ、ヤード付近で脱線事故などが多発した。ポイントにネズミが詰まるなどの問題が起こったのだ。後に猫は「再雇用」された。猫はイギリスの鉄道に必要なものだったのだ。和歌山電鐵「たま」は先述のイギリスの猫とは少し違うかもしれない。「たま」はいなくてもそれによる損失は何もない。「たま」貴志駅に住み暮らすのみである。列車の運転や改札などの仕事をしているわけでもない。キャットフード代などがかさむだけである。しかし「たま」がいることによって和歌山電鐵にもたらされたものは少なくない。小嶋氏は先見の明があったのかもしれない。しかし1年に11億円を和歌山県に呼び込むと誰が考えただろうか。「たま」を採用する、このファーストステップはその時の発想だったかもしれない。それでも「たま」を働かせ、輝かせ、ドキュメンタリーをが完成するのに至ったのはひとえに和歌山電鐵の努力の結晶ではないか。

 

 初代「たま」2015(平成27)622日に死亡し、現在では「二タマ」が「たまⅡ世駅長」として貴志駅の駅長に就任している。それでも「たま」の人気は衰えていない。今日も「二タマ」は貴志駅で待っているであろう。温かい駅で、精巧につくられた服をまとい、そして手招きをして。

 

5.参考文献

 

小嶋光信森彰英『地方交通を救え!――再生請負人・小嶋光信の処方箋』交通新聞社20148

小嶋光信『日本一のローカル線をつくる――たま駅長に学ぶ公共交通再生』学芸出版社、20122

・堀内重人『廃線の危機からよみがえった鉄道』中央書院201011

和歌山電鐵株式会社公式HP http://www.wakayama-dentetsu.co.jp/

 

執筆:No.7105

校正:編集長(No.7005)

 

これまでの起稿班第三号記事はこちらです↓

 

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