灘校鉄道研究部公式ブログ

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南海の車両形式(その9、6100系→6300系)

☆6100系とは?

 6100系は高野線の輸送力増強と1971(昭和46)年に開業する泉北高速線への直通運転のために1970(昭和45)年から73(昭和48)年に東急車輌で製造された車両です。主要機器は6000系に準拠していますが、両開き扉と下降式窓に変更され7100系をオールステンレス車にしたような見た目をしています。また、冷房取付等のため台車も変更されています。

 

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(↑6311F。 金剛駅にて)

 

☆1次車の製造

 1970(昭和45)年に1次車4連×3編成が竣功しました。モハ6101形(Mc)・サハ6851形(T)で構成されたcMTTMcの4両編成で、冷房準備工事がなされ、パンタグラフは下枠交差式が採用されました。

1次車の編成は以下の通りです。

 

←難波

6101F:6101-6851-6852-6102 6103F:6103-6853-6854-6104

6105F:6105-6855-6856-6106

 

☆2次車の製造

 1971(昭和46)年4月に泉北線の開業が予定され、車両の増備が必要となったため71(昭和46)年度分の新車のうち4連×9編成が繰り上げ発注され製造されました。2次車以降は橋本乗り入れ対応のために抵抗器が増設されています。

2次車の編成は以下の通りです。

 

←難波

6107F:6107-6857-6858-6108 6109F:6109-6859-6860-6110

6111F:6111-6861-6862-6112 6113F:6113-6863-6864-6114

6115F:6115-6865-6866-6116 6117F:6117-6867-6868-6118

6119F:6119-6869-6870-6120 6121F:6121-6871-6872-6122

6123F:6123-6873-6874-6124

 

泉北線は予定通り1971(昭和46)年4月1日に中百舌鳥~泉ヶ丘間が開業し、高野線との直通運転が開始されました。

 

☆3次車の製造

 1971(昭和46)年度には4連×2本が新造されました。3次車以降は新製時から分散式の冷房装置が搭載されています。

 

←難波

6125F:6125-6875-6876-6126 6127F:6127-6877-6878-6128

 

また、この時非冷房だった6123Fを冷房化して分割し、

6125-6875-6876-6126+6874-6124

6123-6873+6127-6877-6878-6128

の6両編成にして運転が開始されました。これは暫定的な編成で翌年には2両編成が製造されています。

 

☆4次車の製造

 1972(昭和47)年度には6129F4連×1本と6123F・6125F・6127F・6129Fに連結して6両運転を行うための2両編成×4本が製造されました。2両編成はモハ6101形(Mc)とクハ6951形(Tc)で構成されcMTcとなっていました。

 

←難波

6129F:6129-6879-6880-6130 6131F:6131-6951

6133F:6133-6952 6135F:6135-6953 6137F:6137-6954

 

4次車から正面に方向幕が付き、荷棚が金網に変わりました。

 

☆5次車の製造

 1973(昭和48)年度には4連×1本と2連×2本が製造されましたが、同年10月に架線電圧を昇圧するため1500V専用車となり、電動車の車番は6139・6140を飛ばし6141からとされました。方向幕は側面にも付き、室内では扉・吹寄の下方に腐食防止のステンレス帯が張られました。

 

←難波

6141F:6141-6881-6882-6142

6143F:6143-6955 6145F:6145-6956

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(↑6321F。 浅香山駅にて)

 

☆方向幕の設置

 これまで方向幕がなかった1~3次車と前面のみだった4次車に1974(昭和49)年~75(昭和50)年にかけて5次車と同じ方向幕が正面・側面に付けられました。

 

☆冷房化改造

 5次車竣功時点では非冷房だった6101F~6121Fも1974(昭和49)年~77(昭和52)年に冷房化されました。1次車については1974(昭和49)年に抵抗器増設も行われています。

 

☆複線化対応工事

 河内長野~橋本間複線化に向けて抑速制動の装備や勾配起動対策を行うために1982(昭和57)年度~83(昭和58)年度に工事が行われ、主電動機が変更されました。

 

☆塗装変更

 1992(平成4)年~96(平成8)年にステンレス一色の旧塗装から現行塗装に変更されました。

 

☆更新修繕

 6100系も製造から約25年が経過し、老朽化してきたため1996(平成8)年から更新修繕が開始されました。6000系と同じくステンレス車のため大幅な外板張替は行われませんでしたが、室内では化粧板・天井の張替、シート取替と車いすスペース設置などが行われ、中間に来る運転台は機器撤去が行われました。この更新修繕は1999(平成11)年度までに全車が施工されました。

 

☆台車換装と改番

 6100系はパイオニア台車を装備していましたが、S型ミンデン台車への換装が実施され2009(平成21)年に全車への換装が完了しました(一部の車両は更新修繕と同時に換装されました)。ミンデン台車は新製のものと7100系1次車および泉北100系・3000系から流用されたものがあります。その際に、パイオニア台車の車両とS型ミンデン台車の車両は連結できないため運用区別のために改番され、6300系に改められました。

 

☆新旧車番対照表

 車番変更は以下の通りですが、ミンデン台車は7100系からの流用品のみブレーキ方式が両抱き式、それ以外は片押し式となっており、片押し式で統一された編成と両抱き式が混在する編成が連番となるのを避けたため、車番がかなり分かりにくくなっています。また、同様の区別のために“形”の末尾が5で表記されていることがありますが(サハ6405形など)、ここでは末尾を1で統一します(サハ6405形は6401形で統一)。

 

※ブレーキ方式が両抱き式の車両は太字にしています。

  • 6両編成

・cMTcMTTMcの編成

モハ6301形-サハ6401形-モハ6341形-サハ6401形-サハ6451形-モハ6351形の6連となっています。

6119-6869-6121-6871-6870-6120→6301F:6301-6401-6341-6441-6451-6351

6101-6851-6103-6853-6852-6102→6302F:6302-6402-6342-6442-6452-6352

6113-6863-6115-6865-6864-6114→6313F:6313-6413-6353-6453-6463-6363

6107-6857-6109-6859-6858-6108→6314F:6314-6414-6354-6454-6464-6364

 

・cMTTMcTMcの編成

モハ6301形-サハ6401形-サハ6451形-モハ6391形-サハ6451形-モハ6351形の6連です。

6105-6855-6854-6104-6856-6106→6305F:6305-6405-6485-6385-6455-6355

6111-6861-6860-6110-6862-6112→6306F:6306-6406-6486-6386-6456-6356

6123-6873-6872-6122-6874-6124→6311F:6311-6411-6491-6391-6461-6361

6117-6867-6866-6116-6868-6118→6312F:6312-6412-6492-6392-6462-6362

 

  • 4両編成

モハ6321形-サハ6421形-サハ6471形-モハ6371形の4連です。

※6324Fが空き番となっていますが、前述のブレーキ方式によるものであって入力ミスではありません。

6127-6877-6878-6128→6321F:6321-6421-6471-6371

6125-6875-6876-6126→6322F:6322-6422-6472-6372

6129-6879-6880-6130→6323F:6323-6423-6473-6373

6141-6881-6882-6142→6325F:6325-6425-6475-6375

 

 ・2両編成

モハ6321形-クハ6701形の2連となっています。

6137-6954→6331F:6331-6731

6145-6956→6332F:6332-6732

6143-6955→6333F:6333-6733

6135-6953→6334F:6334-6734

6131-6951→6335F:6335-6735

6133-6952→6336F:6336-6736

 

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(↑前2両6332F。 浅香山~堺東間にて)

 

☆現在と今後について

 現在は6000系と同じく全車現役で運用に就いており、2020(平成32)年に50周年を迎える見込みです。引退・廃車に関しては6000系の廃車が優先されると思われますのでまだ先になりそうです。

 

執筆:No.7212(起稿班班長)

 

※参考文献

車両発達史シリーズ 南海電気鉄道 下巻

鉄道ピクトリアル 特集 南海電気鉄道

地方鉄道経営再建の処方箋<最終回>(起稿班研究第七号・その7)

 鉄道会社の重要な副業として、「路線バスの運行」を忘れてはなりません。鉄道路線というのは都市部あるいはJRや大手私鉄との乗り換え駅への輸送に使われるという性質上、通勤や通学に使われるわけでもありますから、便利さは速達性に比例するといえます。したがって通常駅間距離が短すぎると速達性が損なわれるから不便です(もっとも阪神電鉄のように各停に充当される車両の加減速度を高め、短い駅間距離でも十分な速達性を確保するような手法もあるが、これは特殊ケースである)。具体的には最低1キロの駅間距離がほしいところではあります。

しかしながら地域密着輸送には停留所間の距離が短いほうが望まれますし、ましてや地方ともなると高齢者の数が多くなるわけであって、高齢者にとっては家から最寄りの停留所までの距離が長いことは肉体的な負担をもたらしますから一層停留所間の距離の短縮が求められます。だが前述の理由により鉄道路線では停留所間の距離の短縮をすると逆に不便になるのだから、地域密着輸送と地域都市間輸送を同時に受け持とうとすると必然的に鉄道路線とバス路線を両方保有しなければなりません。

よって鉄道会社はバス路線を持っているところが多いです。近畿圏だけでも7割以上の鉄道事業者がバス路線を持っています。

 しかしバス市場は現在低調気味であって、国土交通省の資料(平成27年度の一般乗合バス事業(保有車両30両以上)の収支状況について)によると、大都市部では収支率103.2%を達成し黒字であるが、その他地域では88.3%と赤字です。やはりバスも地方では経営が厳しいのだと思わざるを得ない節もあります。

 また、バスも鉄道に比べると利益率が低く、バス事業は平成28年度の決算を見ると(速報版であるが)収入209億1700万円、利益15億8600万円で営業係数108であるのに対し、鉄道事業は収入537億4300万円、利益92億9700万円で営業係数120であるから、ここからも鉄道事業のほうが利益率が高いことがわかります。 

 また、これは鉄道事業のカバーとしてのバス事業という視点からは外れるものの、安さを売りにした高速バスの運行を行う会社もありますが、これに関しては深入りを避けます。

 

 ひとまず全国の地方鉄道の経営努力を7回にわたって見てきましたが、やはり地方鉄道全体としてみると総じてどこも経営が苦しいのが実情であって、これは地方の人口減少という大きな流れの中で必然的に起こる現象ですから仕方ない面もあります。地方自治体や国といった単位での努力が地方鉄道のみならず地方の企業を潤わす最善策であるということを再確認しなければならないのではないでしょうか。

 

執筆:No.7409

校正:No.7212(起稿班班長)

 

起稿班研究第七号の過去記事はこちら↓

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地方鉄道経営再建の処方箋<第6回>(起稿班研究第七号・その6)

 前回までは、旅客収入を増やすことや経費をおさえるなど、本業たる鉄道業部門の収支を好転させる方向で経営再建を論じてきました。ですが鉄道会社は往々にしてレールフェスティバル(以下RFと呼びます)でのグッズ販売等非鉄道業部門のサービス業にも手を出しているケースが多いのです。鉄道業部門に好転の兆しが見えないなら、非鉄道業部門で補てんすることで少しでも経営好転に努めようとするという視点から論じるのも必要でありましょう。

 そこで今回は、種々の鉄道会社の非鉄道業部門について見ていくことにします。まずは必死のぬれ煎餅営業活動で一躍有名になった銚子電鉄について見ていこうと思います。

 銚子電鉄はその名の通り千葉県最東端の銚子市を走る全長6.4キロの小私鉄です。同社は沿線集落の過疎化によって年々乗客数が減り続け、平成に入るころには乗客数が全盛期の4割近くまで減少していて、倒産の危機に立たされていました。それに追い打ちをかけるように平成18年、当時の社長が横領をしていたことが発覚。横領の額は1億円にも達し、行政からの補助金もそのころにはすでに打ち切られていたことから、まさに経営は崖っぷち状態でした。それに加えてほぼ同時のタイミングで線路や踏切の改修(これは国交省の命令であり、改修しないと業務停止命令が出される恐れがありました)や車両の全般検査があり、しめて6000万円もの費用が必要でした。しかし同社には200万円しか貯金が残っておらず、銀行への融資依頼も社長の横領問題ですっかり信頼を失っていた同社にはどだい無理な相談で、倒産は免れないであろうと誰もが考えましが、同社のホームページに載せた「ぬれ煎餅を買ってください。電車修理代を稼がなくちゃいけないんです。」という言葉が多くの人の心を動かし、インターネットで拡散されたりテレビで報道されたりしたことで、ぬれ煎餅は爆発的な売り上げを記録し、車両の全検費用や線路や踏切の改修費用が捻出できたのでした。なお現在でも煎餅部門は銚子電鉄の経営を支えています。

 また、銚子電鉄のように経営を支えるとまではいかないまでも、置き場所に困る廃車体の貫通扉などをRFで売る(一枚数十万ほどもします)などで赤字を少しずつ埋めていく会社も存在します。非鉄道業部門はフレキシブルに動けるので、経営が行き詰った時の切り札になりやすいのです。

 また変わった例を挙げると、富山市付近を走る富山地方鉄道は地方鉄道には珍しく不動産業を営んでいたり、SLの体験運転ができるようにしたり(若桜鉄道)、全国の地方鉄道はあらゆる取り組みをしています。

 赤字地方鉄道の経営を救うキーは「フレキシブル性」かもしれません。

 

執筆:No.7409

校正:No.7212(起稿班班長)

 

起稿班研究第七号の過去記事はこちら↓

 

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地方鉄道経営再建の処方箋<第5回>(起稿班研究第七号・その5)

 前回で、JRとの乗り入れによる旅客数増加は多くの地方鉄道にとって望みが薄いことがわかりました。そこで今回は、観光列車運行による旅客数増加という観点からの経営再建について述べたいと思います。観光列車はヒットさえすれば多少利便性が悪くても観光客が乗りにくることが期待されますし、あわよくば旅行会社がツアー客向けのプランに組み込む(JRの例だが、JR九州の「SL人吉」など好例である)ことによって大幅増収が見込める、いわば起死回生の策といえましょう。今回は「おれんじ食堂」なる観光列車の導入によって一時的に赤字の圧縮に成功した肥薩おれんじ鉄道について見ていきましょう。

 肥薩おれんじ鉄道は、九州新幹線開業によって大幅な減益が見込まれる鹿児島本線の八代―川内間を引き継ぐ形で2002年に設立されました。しかし南九州自動車道の開通や沿線人口の減少なども相まって2004年の利用者数が年間188万人であったのに対し2010年は年間151万人まで落ち込んでしまいました。ですが2009年の社長交代後、ゆるキャラのラッピングやゲーム会社との提携など多角的な経営を目指し、わずかながら業績が持ち直し、国の助成などもあったものの2011年には1億5700万円の純利益をたたき出し、黒字化に成功。また2013年、観光列車「おれんじ食堂」の運転を開始しました。「おれんじ食堂」とは沿線の特産品で作られた食事やデザートなどを味わいながら九州西海岸の美しい景色をゆったり眺める列車(「おれんじ食堂」公式HPの内容を要約)のことで、料金もそれに相応して高く、一番高い2便、3便は2万円を超すという豪華観光列車です。これが功を奏したのか、2013年度には輸送人員が6年ぶりに増加に転じ、売上高も過去最高となる14億6600万円に達しました。

 だがその後、国の助成金の減額や「おれんじ食堂」用車両を製造するときにかかった車両改造費や人件費がかさんだことにより再び経営は悪化、その後も2015年8月に台風に見舞われ土砂崩れや架線の切断等甚大な被害を受けたり、ななつ星in九州の乗り入れが開始された1週間後に熊本地震に見舞われ1週間半の運休を余儀なくされる等再び苦境に立たされていますが、「おれんじ食堂」がJTBやHISをはじめとする多くの旅行代理店のツアー行程に組み込まれたり、ななつ星in九州の乗り入れを開始したりなど未来は明るく、今後の成長に期待したいところです。

 このように、贅をつくした豪華観光列車を運行して、その収益による増収を狙うスタンスは、地方鉄道のみならず豪華寝台列車「瑞風」や「四季島」の運行など近年はJR各社も取り入れていて、近年の鉄道会社の一つのスタンダードになりつつあります。ただし列車の改造費がかさみ経営を(一時的にでも)圧迫するという側面があり、いかにあまりお金をかけず高級なムードを出すかというのがカギになりそうです。

 

執筆:No.7409

校正:No.7212(起稿班班長)

 

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地方鉄道経営再建の処方箋<第4回>(起稿班研究第七号・その4)

 前回はJRとの乗り入れによる経営再建の可能性について少しだけ述べましたが、今回は成功例を挙げて詳しく説明したいと思います。

 智頭急行という第三セクター鉄道があります。ここはまさにJR乗り入れの成功例というべきで、全国の第三セクターは赤字だらけだというのに、智頭急行は年間2億円もの利益をたたき出しています。全国の地方鉄道の中で最も有望な存在といえるでしょう。鳥取や岡山の県北など決して人口が多いとはいえない地域を走っているローカル線に過ぎない同社が、なぜここまでの利益をたたき出しているのでしょうか。

 智頭急行線は、ご存じ「スーパーはくと」「スーパーいなば」という京阪神や岡山と鳥取を結ぶ特急列車が一日合計26本も走っています。これらの売り上げでも統計すると莫大な金額になり、結果として同社の経営を下支えしています。現に開業間もない1995年1月の阪神・淡路大震災によって「スーパーはくと」が全面運休に追い込まれると、初年度の売上高は予想の1割程度にしか達さず開業早々倒産の危機に直面しましたが、運行再開後はふたたび黒字を計上しています。

 ちなみに同社の旅客収入は13.1億円であるが、うち定期外収入12.9億円、定期内収入は0.2億円という全国でもまれな比率であり、智頭急行の特急依存を如実に表しています。

 このように、大都市と地方都市を結ぶショートカットルートとなる地方鉄道は、JRとの乗り入れによって経営を一気に黒字転換させることができるのです。

ですが、ここで忘れてはいけないのが、現存の地方鉄道は昭和末期に国鉄が切り離した大赤字路線であることが多いということです。智頭急行のようなショートカットルートとなる路線が切り離されたケースは少なく、多くの地方鉄道では智頭急行のような成功は望めません。ちなみに智頭急行は、国鉄末期に計画されおおかた土地買収が完了したものの資金難で凍結され、その後を引き継ぐ形で現地の自治体が協力して設立したのです。このように国鉄分割後に作られた路線ならともかく、多くの地方鉄道では参考にすらならないと思っておいたほうがよさそうです。

現に東京・名古屋・博多近郊をのぞく私鉄・第三セクターとの乗り入れは東北に1例(仙台空港鉄道)関東に1例(鹿島臨海鉄道)中部に3例(富士急行伊豆急行北越急行)関西に1例(京都丹後鉄道)中国地方に2例(智頭急行井原鉄道)の計8例のみで、うち元国鉄路線はたったの4線ですから、やはりJRとの乗り入れというのは相当実現可能性が低いということがわかります。

経営再建以前に乗り入れを実現させること自体地方鉄道には望みが薄いのです。

 次回は観光列車運行による旅客数増加という観点からの経営再建について述べたいと思います。

 

執筆:No.7409

校正:No.7212(起稿班班長)

 

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地方鉄道経営再建の処方箋<第3回>(起稿班研究第七号・その3)

 前回記事までで一通り基本的な方策の効果について見てきましたが、問題点はやはり「車との競合」です。これは抜本的な経営改革を望むならば、「車にできないサービスを提供する」ことが重要であるということを示しています。とはいえ、実現は難しいもので、GWや夏休みや冬休みなど、学生の休みの期間にあわせて特別列車を運行するなどの取り組みを行うのはよく見られる光景でありますが、総じて車内は鉄道ファンで埋め尽くされることが多く、ターゲットとするファミリー層は取り込めていないというのが実情です。

 だが、そのような取り組みが結実し、経営が好転したり、赤字を圧縮できたりするケースも往々として存在します。今回はそのケースについて見ていきましょう。

3 その他の経営努力が結実した例

 前回までに見てきた内容は、いずれも旅客数を増やすための努力ではありませんでした。そこで今回は旅客数を増やすための努力について見てみたいと思います。

3-1 鹿島臨海鉄道の努力~他業種とタイアップ~

まずは、昨年2年ぶりに決算が黒字化した鹿島臨海鉄道について見ていきましょう。

 黒字化の大きな要因は、2015年11月に沿線の大洗町を舞台とする人気アニメ「ガールズ&パンツァ―」の劇場版が公開されたのに伴って、定期外乗客数が2万4000人も増加(いわゆる「聖地巡礼」とよばれる行動によって観光客が増加した)したためと鹿島臨海鉄道は説明しています(ねとらぼ 2016年6月21日掲載)。

しかし、いわゆる「聖地巡礼」行為は車でもできるのであって、付加価値がなければ鉄道で行こうとする人は依然として増えないままです。

鹿島臨海鉄道の上手い点は、「ガルパン列車」なる同アニメのラッピングが施された列車を運行(しかもアニメ第一話放送から1か月半後に運行を開始する驚きの速さでした)したり、記念乗車券を発売するなどして「車による聖地巡礼では得られないもの」を売り出すことに成功。震災の影響で減少していた旅客数を別の形で回収することに見事成功したのです。

同じような取り組みはのと鉄道でも行われています。こちらは「花咲くいろは」というアニメ作品とタイアップしたようですが、こちらは依然として赤字が圧縮されていないままです。

3-2 JRとの乗り入れ等による利便性の向上

 このセクトの主題は、智頭急行や前述の鹿島臨海鉄道のようにJR車をその社の路線内に乗り入れさせることでその区間の運賃を取り込む手法ですが、この手法が使えるシチュエーションは限られています。

 基本的にJR車の乗り入れによってJRになんらかのメリットがないと乗り入れは実施されません。

ところが、乗り入れによってメリットが発生するような路線は意外と少ないのです。次回はこれについてじっくり見ていきましょう。

 

執筆:No.7409

校正:No.7212(起稿班班長)

 

起稿班研究第七号の過去記事はこちら↓

 

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地方鉄道経営再建の処方箋<第2回>(起稿班研究第七号・その2)

 前編では、値上げによる経営再建の可能性について述べましたが、今回はサービスの質の低下による経営再建の可能性について述べたいと思います。

 この方法は、収益を高めるというよりは、経費を削るという観点のもとに基づいています。例を挙げるとすれば、減便や老朽化した車両に延命工事や体質改善を行って使い続ける(もっとも、新車を導入したほうが安上がりな場合もしばしばありますが)ことや人件費削減のために駅員配置駅を減らす等です。

 大抵の場合、これらは値上げと同時に行われます。一例として北条鉄道を挙げてみましょう。

 北条鉄道の前身は国鉄北条線という国鉄の一支線でした。しかし、1981年に特定地方交通線第一次廃止対象に指定され、廃止が承認された後、1984年に第三セクター鉄道として再建することが決定され、1985年北条鉄道として再出発しました。

 しかし依然として経営は苦しく、1992年には5300万円の赤字を記録(神戸新聞NEXT 2017/4/1より)。だがボランティア駅長の公募などで人件費を下げ、また値上げ(分離当時初乗り130円であったが現在は150円になっている)などの努力を行った結果、赤字は2015年に1200万円まで圧縮されました。今回はこのケースを例にして考えてみましょう。

 北条鉄道北条線には途中に交換設備のある駅がなく、したがって常時1編成で回しています。よって必然的に車両設備に関する経費は最小限に抑えられるのです。また従業員数も10人(2007年のデータであり、今では多少変わっているかもしれません)とコンパクトな会社です。またこれは今回の本質から外れますが、北条鉄道ではキーホルダーや古枕木等の販売も行っています。筆者が行った時には中古Nゲージの販売も行っていました。これらの収益もあるのでしょうが、客は多いとは言えませんでしたから、やはり旅客収入に依存する面が大きいと考えられます。車両は3編成あり、いずれも2000年に製造されたフラワ2000形です。うちフラワ2000-3は2008年4月に廃止された三木鉄道から1800万円で購入しました。これは破格の値段と言えます。

 このような経営努力が結実したのか、赤字は20年前の4分の1に圧縮されましたが、すべてのケースでうまくいくとは限りません。

 減便すると基本的により不便になりますから、車に転換する利用客も増える可能性が高いです。ここで前回にも述べたKTRに関するアンケート(http://opac.ryukoku.ac.jp/webopac/skk-np_040_012._?key=MCDAYP)を再び見てみましょう。

 質問1「現在のKTRの運行頻度は1時間だが、これがどのぐらいになったらKTRの利用をやめるか」とあるが、これは「1時間20分おき」が32.4%と全体の3割超を占めています。つまり、運行間隔が20分広がるだけで利用客が3割減るということです。実際はそこまで失わないにしても、多くの客を失うことは火を見るより明らかであります。

 減便による減益と減便によるコスト削減のバランスを考えた経営が大事であるといえそうです。

 

執筆:No.7409

校正:No.7212(起稿班班長)

 

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